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生物学的製剤時代における吸入療法の再定位 ─ 分子標的治療とICSはどう共存するのか【医療従事者向け】

[2026.04.11]

はじめに ─ パラダイムシフトの中のICS

2000年代後半から登場した生物学的製剤(バイオロジクス)は、重症喘息治療のランドスケープを根本的に変えつつある。抗IgE抗体オマリズマブに始まり、抗IL-5抗体メポリズマブ、抗IL-5受容体α抗体ベンラリズマブ、抗IL-4受容体α抗体デュピルマブ、そして2022年に登場した抗TSLP抗体テゼペルマブに至るまで、サイトカインカスケードの異なるポイントを標的とした薬剤が次々と臨床で使用可能となった。日本では2024年にイテペキマブ(抗IL-33抗体)の承認申請がなされるなど、パイプラインはさらに拡大している。

こうした「分子標的治療の時代」において、ICSを中心とする吸入療法の位置づけはどう変わるのか。生物学的製剤でICSをゼロにできる(complete remission)のか。それとも、ICSは依然として治療の基盤として不可欠なのか。本記事では、各生物学的製剤の作用機序と吸入療法との関係を薬理学的観点から整理し、「ICS減量の可能性」と「ICS中止のリスク」についてエビデンスに基づいた議論を展開する。

Type 2炎症の分子カスケードと各生物学的製剤の標的ポイント

喘息の炎症、特にType 2(T2)炎症のカスケードを理解することが、吸入療法と生物学的製剤の棲み分けを考える上で不可欠である。

T2炎症カスケードの上流では、気道上皮細胞がアレルゲン、ウイルス、大気汚染物質などの刺激を受けると、「アラーミン」と総称される上皮由来サイトカイン(TSLP: Thymic Stromal Lymphopoietin、IL-33、IL-25)を放出する。これらは自然リンパ球2型(ILC2)やTh2細胞を活性化し、IL-4、IL-5、IL-13の産生を誘導する。IL-4はB細胞のクラススイッチを促進しIgE産生を増加させ、IL-5は好酸球の分化・成熟・生存を促進し、IL-13は気道上皮の杯細胞化生・粘液過分泌・気道過敏性の亢進をもたらす。

各生物学的製剤はこのカスケードの異なるレベルを遮断する。テゼペルマブ(抗TSLP)はカスケードの最上流を遮断し、理論的にはT2炎症のみならず非T2炎症にも効果が期待される。イテペキマブ(抗IL-33)やアストレギマブ(抗IL-33受容体ST2)も上流標的薬である。デュピルマブ(抗IL-4Rα)はIL-4とIL-13の両方のシグナルを遮断するため、IgE産生抑制と気道リモデリング抑制の両面に効果を発揮する。メポリズマブ(抗IL-5)とベンラリズマブ(抗IL-5Rα、ADCCによる好酸球直接枯渇)は好酸球経路に特化した薬剤であり、オマリズマブ(抗IgE)はIgEを介したマスト細胞脱顆粒を抑制する。

ここで重要な問いが浮かぶ。ICSの主たる作用がNF-κBやAP-1を介した広範な抗炎症効果であるのに対し、生物学的製剤は単一または少数のサイトカイン経路を標的とする。では、生物学的製剤が特定の炎症経路を効率的に遮断している状態で、ICSの「広範な」抗炎症効果はなお必要なのか?

図5:Type 2炎症カスケードと生物学的製剤の標的ポイント

生物学的製剤下でのICS減量エビデンス ─ 成功と課題

この問いに対する回答は、複数の臨床試験から得られつつある。SIENA試験(Lazarus SC et al., NEJM 2019)1)は、低用量ICSで安定している軽症喘息患者を対象に、ICS中止後のプラセボへの置換が増悪率の上昇をもたらすことを明確に示した。しかし、興味深いことに、FeNO(呼気中一酸化窒素濃度)が低値の患者群ではICS中止後も増悪率の上昇が軽微であり、T2炎症のバイオマーカーによる治療反応性の層別化の可能性を示唆した。

デュピルマブに関しては、VENTURE試験(Rabe KF et al., NEJM 2018)2)が重要である。この試験では、経口ステロイド依存性重症喘息患者において、デュピルマブ追加により経口ステロイドの用量を中央値で70.1%(プラセボ群41.9%)削減できることが示された。しかし、ICS吸入の完全中止に関するランダム化試験のエビデンスは限定的であり、生物学的製剤使用下でもICSの完全中止を支持するデータは現時点では不十分である。

メポリズマブに関しても、SIRIUS試験(Bel EH et al., NEJM 2014)3)で経口ステロイド減量効果が示されているが、ICS中止に踏み込んだプロスペクティブ試験は限られている。レトロスペクティブ解析やレジストリデータからは、生物学的製剤導入後にICSのステップダウン(高用量→中〜低用量)が可能になるケースが多いことが示唆されているが、完全中止の安全性については十分なエビデンスがない。

テゼペルマブについては、PATHWAY Phase 2試験(Corren J et al., NEJM 2017)およびNAVIGATOR Phase 3試験(Menzies-Gow A et al., NEJM 2021)4,5)において、T2バイオマーカーの値に関わらず増悪率の低減が示された。この「バイオマーカー非依存性」の効果はTSLP遮断による上流介入の特徴であり、将来的にはT2-low喘息を含むより広範な患者集団でのICS減量可能性を探る研究が期待される。

図6:生物学的製剤下でのICSステップダウンエビデンス

ICS中止のリスク ─ 気道リモデリングと残存炎症の問題

生物学的製剤時代においてもICSの完全中止が躊躇される最大の理由は、気道リモデリングの制御と残存炎症の問題にある。

気道リモデリングとは、慢性炎症に伴う気道壁の構造的変化(基底膜肥厚、平滑筋肥大・過形成、血管新生、粘膜下線維化、杯細胞過形成)を指す。これらの変化は部分的に不可逆的であり、FEV1の経年的な低下(年率約25〜40mL余計に低下)と気道過敏性の持続に寄与する。ICSは特に基底膜肥厚と上皮下線維化を抑制する効果があり、この作用はTGF-β1シグナルの抑制やMMP-9/TIMP-1バランスの調節を介していると考えられている。

生物学的製剤、特にデュピルマブ(IL-13遮断によるペリオスチン産生抑制)やベンラリズマブ(好酸球由来TGF-β除去)もリモデリング抑制に寄与する可能性があるが、ICSの持つ広範な局所抗炎症作用を完全に代替できるかは不明である。特に、非T2炎症(好中球性炎症、神経原性炎症、酸化ストレス関連炎症)がリモデリングに寄与している場合、T2特異的な生物学的製剤ではカバーできない炎症成分が残存するリスクがある。

さらに、「clinical remission(臨床的寛解)」と「complete remission(完全寛解)」の区別が重要である。Clinical remissionは症状消失、増悪なし、経口ステロイド不要、肺機能安定を指すが、必ずしも気道炎症がゼロであることを意味しない。気管支鏡下生検やinduced sputumの研究からは、症状が安定していても粘膜下に軽度の好酸球浸潤やリモデリング変化が残存しているケースが多いことが示されている。ICS完全中止後にこれらの残存炎症が顕在化するリスクは、特に長期管理の観点から軽視できない。

「ICSフリー」は実現するか ─ バイオマーカーガイド戦略

それでも、一部の患者では生物学的製剤下でのICS中止が安全に実現できる可能性がある。その鍵となるのがバイオマーカーガイド戦略である。

FeNO(呼気中一酸化窒素)、血中好酸球数、ペリオスチン、血清IgEなどのT2バイオマーカーが正常化し、かつ肺機能が安定している患者では、段階的なICS減量(step-down)が試みられうる。GINA 2024では、生物学的製剤導入後3〜6ヶ月で効果を評価し、安定していればICSの減量を検討するステップが示されている。ただし、「中止」ではなく「減量」であり、最低限の低用量ICS維持が推奨されている点に注意が必要である。

現在進行中のいくつかの臨床試験(例:BIOSTEP-COPD/Asthmaレジストリ、REMISSION試験群)が、生物学的製剤使用下でのICS段階的減量の安全性と有効性を前向きに検討しており、これらの結果が「真のICSフリー」の可能性を明らかにすることが期待される。

理想的には、multi-omic profiling(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、マイクロバイオーム解析の統合)により、個々の患者の気道炎症プロファイルを高解像度で把握し、ICS不要の患者と必要な患者を正確に層別化するPrecision Medicine(精密医療)の実現が目指されている。しかし、現時点ではこれらのバイオマーカーの感度・特異度は十分とは言えず、臨床的判断との組み合わせが不可欠である。

吸入療法の未来 ─ スマートインヘラーとデジタルヘルス

生物学的製剤の台頭にもかかわらず、吸入療法が喘息治療の基盤であり続けることは間違いない。そして、吸入療法自体も技術的に進化し続けている。

スマートインヘラー(電子センサー内蔵型吸入器)は、吸入の日時、吸気流速パターン、デバイスの角度などをリアルタイムで記録し、Bluetooth経由でスマートフォンアプリやクラウドに送信する。Propeller Health社(現ResMed傘下)やAdharium社の製品が先行しており、ランダム化比較試験(RCT)においてアドヒアランス改善と増悪率低減の効果が示されている。

さらに、Electronic Monitoring Feedback(EMF)システムでは、吸入データに基づいて個別化されたフィードバックメッセージ(吸入忘れリマインダー、手技不良の指摘、ステップダウン提案など)を自動的に患者に配信する。INCA試験やSmartinhaler RCTなどの結果は、こうしたデジタル介入が従来の患者教育を上回るアドヒアランス改善効果をもたらす可能性を示唆している。

AI(人工知能)を用いた増悪予測モデルも開発が進んでおり、吸入パターンの変化、SABA使用頻度の増加、環境データ(気象、花粉、大気汚染指数)を統合して、増悪の2〜7日前にアラートを発するシステムが研究段階にある。これが実用化されれば、ICSの用量調整を先制的(preemptive)に行うことが可能となり、増悪を未然に防ぐ「プロアクティブ」な喘息管理が実現する。

新規吸入薬のパイプライン ─ 次世代分子への展望

ICSやLABA/LAMAの進化は止まっていない。現在開発中の注目すべき分子をいくつか紹介する。

選択的GR modulators(SEGRAMs/SGRMs)は、トランスリプレッション作用を選択的に増強し、トランスアクチベーション(副作用に関与する経路)を最小化する「解離型GRリガンド」として設計されている。AZD5423(アストラゼネカ)やGW870086X(グラクソ・スミスクライン)がPhase II段階にあり、従来のICSと同等の抗炎症効果をより少ない全身性副作用で達成できる可能性がある。

Ultra-LAMA(超長時間作用性抗コリン薬)やMuscarinic antagonist-β2 agonist(MABA)と呼ばれる単一分子で二重薬理活性を持つbifunctional ligandの開発も進んでいる。バイフェナバント(batefenterol)やAZD8871などがPhase II/III段階にあり、1分子でLABAとLAMAの両作用を発揮することで、配合剤の粒子径やデバイスの制約を解消しうる。

さらに、吸入PDE3/4阻害薬(ensifentrine: RPL554)は、気管支拡張作用と抗炎症作用を兼ね備えた分子であり、COPD/喘息オーバーラップを含む幅広い気道疾患への応用が期待されている。Phase III試験(ENHANCE-1, 2)の結果が発表されており、今後のポジショニングが注目される。

吸入型生物学的製剤の開発も夢ではなくなりつつある。ナノボディ(VHH抗体)やPEG化Fab'フラグメントなどの低分子量バイオロジクスを吸入で直接気道に送達する試みが進行中であり、全身投与型バイオロジクスの免疫原性や投与負担(注射)を克服する可能性がある。

患者さんへのまとめ ─ 生物学的製剤と吸入薬の「両輪」

「注射の薬を始めたから、吸入はもう要らない」─ そう思われる方もいるかもしれませんが、現時点のエビデンスでは、生物学的製剤を使用していても吸入ステロイド薬を完全にやめることは推奨されていません。生物学的製剤は特定の炎症の「道」をピンポイントで遮断する薬であり、吸入ステロイドは気道全体の炎症を広く抑える薬です。両方を使うことで、異なる角度から炎症をコントロールできます。

ただし、生物学的製剤で状態が安定した場合、主治医の判断で吸入薬の量を減らせる可能性はあります。自己判断でやめるのではなく、定期的な受診で肺機能や炎症の指標(FeNOや好酸球数など)を確認しながら、一緒に最適な治療を探っていくことが大切です。吸入療法の技術も日々進化しており、スマート吸入器やAIによるサポートなど、これからの喘息管理はますます個別化・精密化されていくでしょう。

参考文献

1) Lazarus SC, et al. Mometasone or tiotropium in mild asthma with a low sputum eosinophil level (SIENA). N Engl J Med. 2019;380(21):2009-2019. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31112384/

2) Rabe KF, et al. Efficacy and safety of dupilumab in glucocorticoid-dependent severe asthma (VENTURE). N Engl J Med. 2018;378(26):2475-2485. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29782224/

3) Bel EH, et al. Oral glucocorticoid-sparing effect of mepolizumab in eosinophilic asthma (SIRIUS). N Engl J Med. 2014;371(13):1189-1197. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25199060/

4) Corren J, et al. Tezepelumab in adults with uncontrolled asthma (PATHWAY). N Engl J Med. 2017;377(10):936-946. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28877011/

5) Menzies-Gow A, et al. Tezepelumab in adults and adolescents with severe, uncontrolled asthma (NAVIGATOR). N Engl J Med. 2021;384(19):1800-1809. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33979488/

6) Pavord ID, et al. Mepolizumab for severe eosinophilic asthma (DREAM). Lancet. 2012;380(9842):651-659. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22901886/

7) Global Initiative for Asthma (GINA). Global Strategy for Asthma Management and Prevention, 2024 Update. https://ginasthma.org/gina-reports/

8) 日本アレルギー学会. 喘息予防・管理ガイドライン2024 (JGL 2024). https://www.jsaweb.jp/

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