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その胸痛、「気のせい」ではないかもしれない——冠攣縮性狭心症を知ってほしい

[2026.05.04]

こんな経験はないだろうか

夜中、寝ているだけなのに胸がギューッと締め付けられて目が覚める。明け方に息苦しくなって、しばらくじっとしていると治まる。

まだ30代、40代なのに胸が痛い。「この年齢で心臓?」と自分でも半信半疑だ。

別の先生に相談したら「うーん、ちょっと典型的な狭心症とは違うね」と言われて、かえって不安になった。

——こういう方が、当院の外来には一定数いらっしゃる。

さらに多いのが、こんなパターンだ。

「先生、先月ほかの病院で心臓カテーテルをやってもらいました。血管はきれいって言われたんです。でも……夜中に胸が苦しくなって、怖くて」

カテーテル検査(冠動脈造影)は、心臓に血液を送る動脈の狭窄や閉塞を直接見る、心臓病診断の「ゴールドスタンダード」だ。そこで異常なしと言われたなら、問題ないはず——そう思いたいのはよくわかる。

だが実際には、カテーテルで血管がきれいであっても、狭心症を起こしている患者さんがいる。その病気の名前が冠攣縮性狭心症(かんれんしゅくせいきょうしんしょう)だ。

安静時の胸痛、若いのに起きる胸痛、検査で異常なしと言われた胸痛——どれも「気のせい」で片付けてはいけない。今日は、この見落とされがちな病気について、できるだけわかりやすく話したいと思う。

普通の狭心症と何が違うのか

労作性狭心症——「動くと胸が痛い」

一般によく知られている狭心症は、動脈硬化によって冠動脈が慢性的に細くなるタイプだ。血管の内側にプラーク(コレステロールなどの塊)が積み重なり、血管の通り道が狭くなる。

安静にしているときは血流が足りているが、運動したり階段を上ったりして心臓が「もっと血を送れ」と要求すると、細い血管ではまかないきれなくなる。そこで胸の締め付けや圧迫感——狭心痛が出る。

このタイプはカテーテル検査で「血管が狭い」とはっきり映るため、診断はつけやすい。

冠攣縮性狭心症——「安静時・夜中に胸が痛い」

一方、冠攣縮性狭心症(英語でVasospastic Angina、またはPrinzmetal's Anginaとも呼ぶ)は、血管の壁にある平滑筋が突然けいれん(スパズム)を起こし、一時的に血管が閉塞してしまう病気だ。

動脈硬化でじわじわ細くなるのではなく、正常だった血管が急に痙攣で「ギュッ」と締まる。だからカテーテルで見ると、発作のないときは血管がきれいに見える。「異常なし」と言われるのはこのためだ。

【ポイント比較】

労作性狭心症 → 動脈硬化で血管が狭い → 運動・労作時に発作

冠攣縮性狭心症 → スパズムで血管が一時閉塞 → 安静時・夜間〜早朝に発作

「走って胸が痛い」なら労作性、「寝ていて胸が痛い」なら冠攣縮——ざっくり言うとこういう対比になる。もちろん重なる部分もあるが、この違いを知っておくだけで受診の判断が変わる。

なぜ血管が痙攣するのか

冠動脈の平滑筋が「過反応」を起こす

冠攣縮の根本には、冠動脈の壁にある平滑筋細胞が、さまざまな刺激に対して過剰に収縮してしまうという体質がある。カルシウムイオンの取り込みが異常に増えることで、平滑筋が強く縮むと考えられている。

自律神経——夜間〜早朝に発作が多い理由

夜中や明け方に胸が痛くなる患者さんが多いのには理由がある。夜間から早朝にかけては副交感神経(迷走神経)が優位になる時間帯で、冠動脈が収縮しやすい状態になる。日常的に「夜中に胸が苦しくて目が覚める」「明け方に締め付けられる感じがする」という方は、このパターンを疑ってほしい。

誘発因子——喫煙・飲酒・ストレス

スパズムを起こしやすくする因子がいくつかわかっている。

  • 喫煙:最大の誘発因子のひとつ。ニコチンが冠動脈を直接収縮させる。
  • 過度の飲酒:アルコールの代謝産物が血管反応性を高める。
  • 過労・精神的ストレス:交感神経の乱れが血管収縮を引き起こす。
  • 過換気(過呼吸)・寒冷刺激:血管トーヌスが変化する。

日本人に多い病気

欧米の研究では冠攣縮性狭心症は比較的まれとされているが、日本では全狭心症の中でかなりの割合を占めることが知られている。遺伝的な背景——特に一酸化窒素(NO)合成酵素や冠動脈平滑筋の反応性に関わる遺伝子の違いが関与していると考えられており、日本人が冠攣縮を起こしやすい体質を持つ可能性が指摘されている。

「自分は若いから」「血管はきれいと言われたから」——そう思って見逃さないでほしい。

診断が難しい——「検査正常」で終わらせないために

発作のないときは検査が正常になる

これが冠攣縮の最大の難しさだ。安静時心電図も、心エコーも、発作が起きていない状態で撮れば正常に見える。だから「異常なし」で帰宅し、夜に再び発作が起きる——という繰り返しを経験している患者さんが少なくない。

ホルター心電図で夜間のSTを捉える

24時間心電図(ホルター心電図)は、夜間〜早朝の発作を記録するために非常に有用だ。冠攣縮発作が起きると、心電図のST部分(心筋の血流状態を反映する波形)が一時的に大きく変化する。「夜中に胸痛で目が覚めたときの心電図変化」が記録されれば、大きなヒントになる。

「発作の頻度が低くてホルターでも引っかからない」というケースもある。そのときは次のステップを考える。

冠攣縮誘発試験(アセチルコリン負荷)——確定診断のための検査

確定診断にはカテーテル室で行う冠攣縮誘発試験(アセチルコリン負荷試験)が最も信頼性が高い。冠動脈にアセチルコリンという薬剤を直接注入し、意図的にスパズムを誘発させて確認する方法だ。

「また怖いカテーテルを?」と思われるかもしれないが、発作を誘発したらすぐに硝酸薬で解除できる体制で行うため、専門施設では安全に実施できる。「血管はきれいなのに症状が続く」という場合、この検査が診断の決め手になることが多い。

【診断のステップ】

① 詳しい問診(夜間・安静時胸痛のパターン確認)

② 安静時心電図・心エコー(除外診断)

③ ホルター心電図(夜間ST変化の記録)

④ 冠攣縮誘発試験(確定診断)

治療——「痙攣を起こさせない」薬と生活習慣

カルシウム拮抗薬が第一選択

冠攣縮の治療の主軸は、カルシウム拮抗薬だ。冠動脈平滑筋へのカルシウムの流入を抑えることで、血管の過剰収縮を防ぐ。

適切な種類・量のカルシウム拮抗薬を継続することで、多くの患者さんで発作が著しく減少する。「薬を飲み始めたら夜中に目が覚めなくなった」という方は多い。

硝酸薬(ニトロ)——発作時の頼れる味方

発作が起きたときはニトロ(ニトログリセリン舌下錠またはスプレー)が有効だ。冠動脈を速やかに拡張し、スパズムを解除する。

「お守り代わりに常時携帯してほしい」というのが私のお願いだ。発作が来たとき、数分以内にニトロを使えるかどうかが重要になる。使っても改善しない・長引く場合はすぐに救急を呼んでほしい。

β遮断薬は逆効果になることがある

一般的な心臓病の薬として知られるβ遮断薬(ベータブロッカー)は、冠攣縮性狭心症には注意が必要だ。β受容体を遮断することで相対的にα受容体が優位になり、冠動脈収縮を増強してしまう場合がある。

他院から「心臓の薬」として処方されているβ遮断薬があれば、必ず担当医に伝えてほしい。

禁煙は絶対条件

喫煙は冠攣縮の最大の誘発因子のひとつと述べたが、これは本当に重要だ。カルシウム拮抗薬を飲んでいても、喫煙を続けていると発作が繰り返されやすい。禁煙できれば薬の効果も大幅に上がり、予後が改善する。

「そうは言っても、なかなかやめられない……」という気持ちはよくわかる。禁煙外来もあるので、一人で抱え込まずに相談してほしい。

【治療まとめ】

● カルシウム拮抗薬:発作予防の基本薬、継続服用が重要

● ニトロ(硝酸薬):発作時に舌下投与、常時携帯を

● β遮断薬:冠攣縮には原則不向き——他院処方があれば必ず申告

● 禁煙:薬と同等かそれ以上に重要な生活習慣の改善

おわりに——その胸痛、抱え込まないでほしい

夜中に胸が痛くて目が覚める。若いのに胸が締め付けられる。他の先生に「典型的ではないね」と言われた。検査では異常なしだった——。

どれかひとつでも当てはまるなら、それは「気のせい」ではないかもしれない。冠攣縮性狭心症という、日本人に決して珍しくない病気の可能性がある。

血管が綺麗なこととスパズムが起きないことはイコールではない。適切な問診とホルター心電図、場合によっては誘発試験を経れば、診断がつく。そして診断がつけば、治療で多くの場合コントロールできる。

「もう気のせいだと思って諦めていた」——そんな方にこそ、一度相談に来てほしい。

一緒に原因を突き止め、安心して眠れる夜を取り戻しましょう。

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